ドクター紹介
院長の略歴
略歴
1996年: 奥羽大学歯学部卒業
同年: 奥羽大学歯学部歯周病学講座入局
2001年: 小林歯科医院(神奈川県厚木市)勤務
2004年: こばやし歯科(埼玉県さいたま市)勤務
2006年: ナウ歯科おのせクリニック開業
所属団体
日本歯周病学会
日本臨床歯周療法集談会(JCPG)
CRCアカデミー
論文
著書「SRPの効果を高める一方法」日本顎咬合学会誌 2003年
共著「歯周基本治療においてプラークコントロール期間が歯周組織の改善に及ぼす影響」日本歯周病学会誌 1999年
翻訳協力・「Lindhe 臨床歯周病学とインプラント 第3版」(クインテッセンス出版)
自己紹介(生い立ち)
昭和46年、茨城県大宮町(現常陸大宮市)で生まれました。
父は食料品の卸問屋を営んでおり、母はそれを手伝いながら毎日忙しく仕事をしていました。
自宅とお店が一緒でしたので、遊びに夢中で仕事の邪魔をしてしまうと、かなり厳しく怒られたものでした。
学校から帰ってくると「おやつ~!!」と言ってお店に一直線。
当時はスナック菓子や駄菓子なども扱っていたので、毎日普通にお菓子ばかり食べていました。
周りの友達はお菓子が沢山あって、うらやましく思っていたようです。
しかし当然のことながら、よく虫歯になって痛い思いをしていました。
乳歯の奥歯はC4まで進み(最近ではこんな子はほとんど見なくなりました)、何度も歯医者に通い、痛くて怖い思いしかありませんでした。
今でも患者として診療台に横になると少し緊張します。
そんな幼少時代でしたが、将来歯科医を志すきっかけとなった出来事(言葉)がありました。
それは、祖父が僕と会う度に「規、医者になれ!」と何度も言っていたことです。
もちろん、当時はそんなこと少しも思っておらず、ましてや医者になんてなれる訳がないと思っていました。
そして月日が流れ、大学受験の進路を選択するときがやってきます。
高校3年生の夏でした。
まだ将来やりたいことなど、はっきりと決まってはいませんでしたが、あるとき祖父の言葉をかすかに思い出しました。
その時はっきりと医療の道を目指そうと決心しました。歯科医師を目指そうと。
やはり幼少の時の思い出は怖いイメージしかありません。
そんな経験から、僕は「怖くない・痛くない」歯科医師になりたいと思いました。
それは今でも心の片隅にあります。
「今患者さんは痛くないか、怖いと思っていないか」それらをいつも思いながら診療しています。ここに僕の歯科医師としての原点があります。
ナウ歯科おのせクリニックとはどんな歯科医院なのか
私が歯科医師を目指し、歯科医師という仕事、また仕事に対する考え方や生き方を学ぶ事ができたのは、多くの先輩方、友人との出逢いがあったからです。
その中でも、3人の先輩歯科医師との出逢いが、今のナウ歯科おのせクリニックに大きな影響を与えてくれました。私の人生の大きなターニングポイントといっても過言ではありません。
第一の出逢い
広島市で開業されている先輩歯科医師との出逢い。
学生時代、どのような歯科医師になるべきか話し合う日々。
アドバイスを受けた答えは、
『患者さんに必要とされる歯科医師にならなければいけない。開業を目標とし、開業したならば、来院してくださる患者さんのために、医院を守るため努力しなければいけない。絶対に潰してはいけない。』
そのためには、質の高い医療を患者さんに提供すること。
大学卒業後3年で将来の診療スタイルが決まると言われているため、この期間は講習会やセミナー、他の歯科医院の見学等、研修に時間を費やし、多くのことを吸収すること。
卒業後は早く上手に治療できるようになりたいと思い、研修より実践することの方に気持ちが行ってしまいます。
それも当然重要なことですが、その前にしっかりとした基礎を固めるように指導していただきました。
大学時代から卒業後も、いろいろな場面で相談に乗っていただき、歯科医師としての道(レール)を、良き方向に導いてくださいました。
第二の出逢い
世田谷区で開業されている恩師との出逢い。
技術力が高く、日本でもトップクラスの有名な先生でした。
そこでは、本当に沢山の症例や治療法を学ばせていただきました。
困難な症例では治療計画も難しく、なかなか答えが見出せないときがあります。
そんな状況では患者さんも迷ってしまいますし、治療のゴールが見えません。
お互いに苦しい思いをします。
こちらの先生のすばらしかったのは経験豊富な治療計画と難しくさせない治療法でした。
「これは、こうして、そうして、こうやるんだよ。なあ、簡単だろ。」
経験不足は困難な治療を自分で余計に難しくしてしまうところがあります。
生の治療を見ることができたのは、講習会や研修会では味わえない貴重な経験でした。
こちらの先生は有名でしたので、学会や講演会など講師として全国を飛び回っていました。そんな忙しい中でも、ご自身の主宰する勉強会には必ず出席して、熱心に後輩の指導をしてくださいました。
そして、ご自身も今の技術に満足せず更なる技術の向上を志している姿勢には感動しました。
生涯、学習しなければならないことを学ばせていただきました。
その時、勤務していたのは分院である神奈川県厚木市でした。
その頃から、神奈川の土地柄や人柄を好きになり、しだいに開業地として神奈川を選ぶことに興味を持ってまいりました。
そして2004年の夏、知り合いの紹介で平塚市を開業地として決定しました。
第三の出逢い
さいたま市で開業されている先輩歯科医師との出逢い。
平塚市での開業をサポートしていただいた方から「必ず参考になるから、開業とはどういうものか。開業前に一度、見せてもらった方が良い。」とご紹介いただきました。
まず、衝撃的だったのは、患者さんに対する思いやりです。
・患者さんをお待たせしないこと。
・治療は効率良く、疲れさせないこと。
・治療後に痛みのある状態で、絶対に終わらせないこと。
一番すばらしかったのは、休診日に医院に電話かかってきた場合、ご自身の携帯電話に転送し、患者さんに対応することでした。
そうすることで患者さんの不安を軽減することができると思います。
もうひとつ教えていただいたことはインターネット(ホームページ)でした。
今の時代、情報を知る(検索する)手段として、インターネットは欠かせないものとなりました。
今は若い方からお年寄りの方まで幅広く利用されるようになってきました。
そこで、私達歯科医師も「歯に関する情報(歯の病気や治療法など)」を患者さんに提供していかなくてはならなくなりました。
正しい情報を発信することで、患者さんの歯やお口の健康に寄与できると思います。
また、今までわかりにくかった、先生の人柄やクリニック内の雰囲気、治療例なども患者さんに知っていただく手段として、有効に活用できると思います。
こちらの先生は毎日ブログ(日記)を更新し、歯科の新しい情報から治療例、また趣味の部分まで幅広く情報発信しています。
朝から晩までとても忙しいのにもかかわらず、継続させていることは、本当に見習わなければいけないと思います。
まだまだ、沢山の出逢いがありすべてを書くことができませんが、今までに学んだことの集大成が、ナウ歯科おのせクリニックのスタイルです。